[自由保育 〜遊びを主体とした活動〜]

自由保育について

自由保育と聞くとどんな印象を受けますか?
子どもが好き勝手に動きまわる、放任的な光景を浮かべた人もいるかもしれません。これは「子どもにとっての自由」という捉え方に誤解が生じているからでしょう。

自由保育の本質は「子どもの自主性を養い、自発的に行動ができる子どもを育てる」ということにあり、日々の生活の中でその本質を実現するために、保育士が丁寧に関わっていくのです。

一方で、保育士はそれほど関わりを持たず、ただ単に「子どもが好き勝手に遊ぶ」ということは、一見とても自由である印象を受けます。しかし、その自由さの中では子ども達の成長は見込めません。そんな無関心とも取れる保育は、自由保育ではなく「放任保育」と表現します。

自由保育の理想と現実

自由保育を行う場合には適切な環境と、相当に経験と知識を持った保育士の存在が必要です。適切な環境というのは、沢山の子どもそれぞれの興味関心を満たすだけの遊具や用具が十分にあり、活かす環境が整えられていて、それらを保育士がしっかりと見守り、管理できる環境です。

文字にすると理想的で、保護者からすると「これって保育園としては普通?」と思うかもしれません。しかし、これを実現することはなかなか難しいのです。

自由保育の場では、子どもは自分の意思でどんな遊びをしようか選択をして、自発的にその遊びを始めます。その際、保育士は個々の子どもが遊ぶ様子や、友だちとの関わりをしっかりと把握し、必要な時に子どもと関わりを持って、提案したり仲介することが求められます。

想像してみてください。おもちゃや積木や粘土などの遊具で遊ぶ子どもたち。ままごとやごっこ遊びのような集団遊びをする子どもたち。クライミング、棒のぼり、ボールゲームといったような運動を楽しむ子どもたち。絵本の世界に没頭する子どもたち。工作に夢中な子どもたち。昆虫に首ったけの子どもたち・・・それぞれの様子を把握して発展の方向を見定め、その目標を達成するためにどのように導こうか、子どもの個性と集団がつくりだす場の力を考慮しながら、援助をしていく保育士の姿を。

自分で遊びを見つけることができない場合も多いです。そういう状況では、保育士は遊びを見つけるための援助を根気よく講じていきます。

遊びを深める過程で発生する様々な食い違いや対立といった、いわゆる「いざこざ」は、避けることができません。保育士は、保育士同士のコミュニケーションをとりながら、子どもへの援助を行い、「いざこざ」の中にも、否、「いざこざ」の中にこそ、学ぶべき大切なことがあることを保護者に伝えて、理解を得ていくようにします。

子どもは、「いざこざ」を乗り越え、やがてお友だちと力を合わせて遊ぶ楽しさに気づき、自分だけでなくお友だちのことを考える「おもいやり」の気持ちをもつ子に育っていきます。保育士冥利に尽きるところです。

しかし、日本の基準の「子ども30人に対し保育士1人」というような現状では、自由保育を実現できている施設は本当に少ない、というのが事実です。完全な自由保育を現在の日本で行うのは本当に難しいのです。行う方法があるとすれば先生の人数を増やす、もしくは子どもの数を減らすことが必要になるでしょう。さくらそう保育園元郷では年中児、年長児、それぞれ13名の少人数制なので、実現しやすいといえます。

また、自発性や思いやりといった育ちは、「目に見えにくい」といえます。保護者としては、園長や担任と充分なコミュニケーションをとり、見えないものに気づくセンスを養うことで、日常の何気ない我が子のしぐさや会話から「育ち」が見えてくることでしょう。

自由保育で育った子どもは、朝登園してくると「今日は○○したい!」と言ってくることが多いように思います。自分で考える力が育っているなと思います。自分で考え自分で答えを出せ実行できる子どもは、答えが分からない未来においても、答えを見つけ歩むことができるでしょう。自由保育の本質は、子どもの可能性を信じた保育の理想とも言えます。

一斉保育

子どもの自主性と自発的な行動を促す自由保育に対し、一斉保育は保育士の主導でカリキュラムに沿って発達や成長を促す方針の保育です。

一斉保育では、子ども達の成長や発達を保育士がしっかりと把握して、次の成長につながる課題を用意します。その用意された課題をクラスの子ども達が一斉に取り組むことで、更に個々の成長・発達を把握しながら、次の課題へ取り組めるように導いていきます。

課題などという言葉を用いているので「教育」を連想させてしまうかもしれませんが、例を少しあげると「指の動きの課題」でよく用いられるのは折り紙やボタン遊びなどであり、「協調性の課題」であれば楽器遊びや劇遊びなどが良い例になると思います。

一斉保育では、これらの課題の達成を「行事」による保育と結びつけることが多く行われています。たとえば、音楽会、発表会、運動会、作品展などを保育計画の中に入れ込み、そこに合わせて練習を重ねていく生活を送ることです。

一斉保育のメリットは、保護者が行事に参加することにより、子どもの成長の様子が「目に見える」形で確認しやすいといえるでしょう。

一斉保育の難しい点は、一人ひとりの子どもたちの個性に合わせた援助が難しいことです。
保育園や幼稚園に通う年齢の子ども達は、月齢・興味関心の差はもちろん、成長の個人差もとても大きいです。例えば、身長、手指の分化、お友達への関心等について、大きな差があるのです。

しかし、クラス全体に同じ課題を提示しなければならないのが一斉保育です。そのため、保育士には、子どもたちの個性にしっかりと目を向けながら、必要な発達や狙いが達成できるような援助が求められます。

様々な個性を持った、多様な年齢・月齢の子ども達が生活をする保育園や幼稚園などの保育施設では、その特性から困難なことも沢山あります。

自由保育で育った子どもは、朝登園してくると「今日は○○したい!」と言ってくることが多いことに対して、一斉保育で育った子どもは、朝登園してくると「先生今日は何するの!」と言ってくることが多い点は、興味深いです。自由保育を受け開拓者になるか、一斉保育を受け社長を支える良い右腕になるか、それぞれの良さがあると思いますが、その別れ道は実は保育園選択の時点にあるのかもしれません。そういう意味で保護者の保育園選択は大切なのです。

「子どもの自主性を尊重して、それぞれの興味関心や発達を見守る自由保育」と「保育士が、主体である子ども達の成長を促し主導していく一斉保育」。保育園・幼稚園の方針を読み解く際には、この2つの型の違いを押さえておくと良いでしょう。

折衷型保育における一日のスケジュール

現状、完全な自由保育や完全な一斉保育の施設というのは、あまり多くないのではないかと思います。ではどのような保育が多いのかというと、自由保育と一斉保育を折り合わせた折衷型保育です。

保育士の質が重要

このように自由保育のような時間と、一斉保育のような時間とを織り交ぜることで、両方のメリットを取り入れる方法が取られる園が多いのではないでしょうか。

折衷型においても、ポイントとなるのは保育士の質です。質が低いままでは自由保育時間で放任に近い状態になってしまいます。一斉保育型では個々の発達に目を向けることができずに、ただカリキュラム上の課題を与えるだけになってしまうことも考えられます。

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