[結果ではなく経過]

新聞のチラシを丸めて作る「剣」を使った遊びが展開されています。最初は保育者が丁寧に作ってやっていましたが、そのうちに自分の力で作るようになってきました。もちろん大人が作るように「細く固くきれいで丈夫」な剣は、子ども達には作ることはできません。「太く柔らかく汗と手垢と鼻水とよだれが合わさった」剣の出来上がり!!しかしこの太い剣を実に大切に扱うのです。決して力を入れずに握り、スローモーションで戦いのアクションをして、戦わない時は胸の真ん中で大事そうに抱え、他の遊びに移行するときは秘密の隠し場所にやさしく格納する・・・。次の日も同じような剣を作りました。しかし、遊んでいるうちに剣はつぶれてしまいペチャンコになってしまったのです。するとそれを見た「○○君」はどういう反応を私たちに見せてくれたと思いますか?何と、目をまん丸く輝かせて「へびになった!」と喜んだのです。その後ヘビ遊びが実に楽しそうに展開されていきました。

さて、こんな状況の時、保育者が一番ミスしやすい対応として、「もっと細く丸められるように」というような指導をしてしまうことがあげられます。現状で満足するのでなくて、もっと上を目指した方が良いという理屈です。経過ではなく結果が大事ということでもあります。実はこの、「結果主義」こそが、人の心を委縮させてしまう一番の原因ではないかとぱぱさんは思うのです。「人生辛いけれども、いつかきっとゴールのようなものがあってそこに到達すればその後は死ぬまで幸せ」といったことがあるのでしょうか?そうだとしたら「結果主義」も意味を持ちます。でも、(一部の天才を除いて)そんなものないと思いますよ。「いつも何かしら悩みあり。でも、そんな中に時折訪れる小さな幸せを懸命に喜ぶ」のでしょう?結果ではなく経過を大切にしましょうよ。子どもは「経過を大切にする天才」なんですよ。太い剣を喜んで使うのです。つぶれてもヘビとして別の価値観を見出すのです。しかし大人が「剣は細くなければならない」指導をしてしまうと、子どもの「太い剣を喜ぶ良さ」が無くなってしまうのです。他人へも細い剣を要求するようになってしまい、ぎすぎすした人間関係を自らつくる生き方をしてしまうことになるのです。
「ありのままの自分が愛されている」と思った時、大人も子どもも幸せな気持ちになれます。それは、「結果ではなく経過を愛してくれると幸せ」ということでもあります。私たちは子どもから教わることがいっぱいありそうです。
きれいなお花

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